泡立つ夜半

芹沢きりこ

pianissimo1

気付けば10月。

10代からの友人と、初めての2人展を開催します。

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2021.10.20 wed~ 31 sun
mone morigaki × kilico selizawa
pianissimo” at Heavenly Coffee

「いくつもの夜、閉じた睫毛に金色の時間が積もる。東京を中心に活動する、1995年生まれのふたりによる展示です。」

〈open〉11:00-18:00
〈close〉Monday, Tuesday
 ※10月20日(水)のみ14:00-18:00
 ※10月23日(土)は臨時休業

Heavenly Coffee
〒370-0824 群馬県高崎市田町53-2 2F

 

/artist profile/
mone morigaki:装身具、オブジェ
童話や詩に触れて浮かんだ静謐な心象風景をテーマに、モビールや装身具へと仕立て上げる。

芹沢きりこ:絵
寂しさの持つ体温に柔らかな色を重ねて童話のような世界を描く。

 

✴︎

 

ずっと一緒にやりたかった人とこれ以外にない場所で、念願叶っての2人展。

なのですが、実際にそれが具体的な話になったのはつい先月のこと(!)。

というのも、どうしても今やらなければいけない理由があって。

経緯や"彼女たち"については、また改めてお話ししたいと思います。

 

物語と小さなものへの偏愛がぎゅっと詰まった空間になりそうです。

いつも通り(かそれ以上に)暗くて青い絵も連れて行くのでご安心を。

楽しいのも暗いのも、楽しくて暗いのも、きっと全部ロマンチックだと思う。

 

お会い出来ますように。

 

 

青い野を歩く

主人公を「きみ」と呼ぶ語り手は物語の外にいて、淡々とした記録のような描写から感情らしいものは見えない。

誰というわけでもなく、作者とも読者とも違うひとつの視線。

この慣れない感覚にどこかで出会ったような気がして、あ、と思う。

 

何度も反芻して、反芻して、じゅうぶんに過去にした辛い記憶を再生する時の、ドラマでも観ているようなやけに他人事みたいなあの感じ。

何気ない風景の細部まで覚えているし、誰にも言わない痛みもすべて知っている。

何ひとつ決して忘れはしないけど、それに触れても今はもう何も感じない。

長い時間をかけて、何も感じないようにしたこと。

現在はわからないけれど、少なくともあの時よりは穏やかな(穏やか、は限りなく諦めに似ている)場所からいつかの自分ー"きみ"を眺める静かな視線。

 

"だれかがきみに大丈夫かと声をかけるーなんてばかな質問だろうーだが、きみは泣かない。また別のドアを開けて閉め、鍵をかけて個室に安全に閉じこもるまで、きみは泣かない。"

 

この本を開く度、わたしにとってのいつかのきみが抱えたものと選んだことをそっと思い出すのだろう。

 

「青い野を歩く」 / クレア・キーガン

 

 

 

親しいくらやみ

私のなかに棲む暗闇は臆病で、あたたかい手のひらに撫でられている間だけ静かに眠っていてくれる。

野良犬みたいな嗅覚で、自分を決して消そうとしない人間を嗅ぎ分ける。

 

「わからないけど綺麗だと思う」と言われた時、泣いたのは彼女だった。

噛みつかなくても見つけてくれた。

ここにいてもいいのだと、ほんとうはただ存在を認めて欲しいだけの子供。

獰猛で、繊細で、無邪気なくらやみ。

 

ひとりになって彼女が目を覚ます。

目が合って、私が優しい人間ではないことを誰よりも知っている彼女は爪を立てる。

抱き締めるたび傷だらけになるけれど、その時わたしは自分の体に流れる血の色と苦しいほどの熱を知る。

それは何だか泣きたいような、どこか安心に似た気持ち。

 

もうずっと、とてもとても長い時間を一緒に過ごしてきた、この厄介な古い友達と遊ぶために絵を描いているのかもしれない。

 

親しみを込めて。

感覚を澄まして。

 

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祈りの習慣

初めての駅で昼食を取るために近くの喫茶店へ入った。

テーブル席がひとつとカウンターだけの、年季が入った小さな店だ。

カウンターの端には常連の老婦人がふたりいて、女主人とも知り合いらしい。

2席間を空けた反対の端に通されてオーダーを済ませるとうとうとしてくる。

 

「ちょっとやめてよ、そんなこと!」

横目で見ると、ひとりが細い指でシフォンケーキを千切っている。

「あら、ふふ、お父さんが病気した時にいつもこうしてあげていたから癖になっちゃって。」

にこにこと小さなかけらをつまみ、口に運びながら言う。

「そんな小鳥みたいな食べ方すごく変よ。」

あからさまに眉をしかめられるが、本人は目を細め、愛おしそうに続ける。

「何でも一口大にしてあげてね、すごくゆっくり食べて、でもそれも難しくなって、最後は全部スープにして...。」

会話から旦那さんが亡くなったことはすぐに分かった。

「だからね、今でもついつい、こうやってしまうのよ。」

それは本当に長い時間をかけて体に染み付いた習慣なのかもしれないし、日常のなかでもういない人を思い出すささやかな儀式なのかもしれない。

「ああおいしかった!ごちそうさま。」

 

彼女が先に店を出たあと、カウンターの中と外から溜息とくすくす笑いが漏れた。

「あの人、いつもああなのよ。いい加減やめなよって言ってるんだけど。」

「やあねえ、みっともないったら。」

運ばれた料理を食べながら祈りについて考えていた。

珈琲は頼まずに会計をする。

wandering

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"wandering"

297×420mm
木製パネル、アクリルガッシュ

 

2021.4

Aちゃんに

 

✴︎

 

とても久しぶりの友人から、自分への誕生日プレゼントにとオーダーをいただいて描いたもの。

 

「今はまだそいつを自分に重ねるのか愛でる対象とするのかわからないけど、世界に動物を一頭、あまり大きくないサイズで描いて欲しい」というリクエスト。 

 

色については「好きな色は暗い緑で、あなたの深い青の絵が好き、柔らかい光の色、黄色や桃色が混ざった感じもすごく好きだし、収拾がつかないのでお任せします」とのことだったので全部詰めたくて絵の具を並べた。

 

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未来のことが何にもわからない今の感じが結構好きだと言う彼女が、この先ずっと連れ立って歩いていく何だって出来るような自由と少しの孤独。

あなたは何処へだって行けるよという気持ちで、そこで触れる光や風を思いながら祝福の絵にしたいと思った。

 

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包みを解いて絵を見た彼女が「何処にでも連れて行ってくれそうだし、ここにいてもいいよって言ってくれそうだね」と言ったのはきっと素朴な感想だったのだけど、"ここにいる"というのは"何処にでも行ける、何でも出来る"選択のうちの確かなひとつだよなあと、静かに胸に落ちたのでした。

 

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貰ったとびきりのリース。

ありがとう。

ザラメの砂漠3(4)

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甘い魚

2019 / 380×455mm

 

絵を描く時は感情だったり記憶だったり自分の内側にあるものを起点にすることが多いのですが、これは物語をつくろうと思って描きました。

今までなんとなく嘘のような気がしてしまって避けていたけど、ただ優しくて可愛い絵にしたかった。

お伽話がシェルターになって守ってくれる部分があることを大人になるほど感じています。

顔馴染みの野良猫のことを浮かべながら、みんな楽しい夢を見ていたらいいなとか。

 

✴︎

 

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星の家出

2020 / 220×333

 

高校生の頃は家出のことばかり考えていました。

ここじゃないどこか遠く、想像は現実味がない方がよかった。

寂れた公園の隅の遊具はひどくポップでものかなしくて、きっと乗り物にふさわしい。

誰もいない真夜中に跨って目を閉じる。

空っぽの部屋を通り過ぎ、街を抜け、夜空を駆ける。

探さないで欲しいけど、長い旅の後で星座になれたら見つけて欲しい。

 

✴︎

 

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ラムダーク

2019 / 220×273mm

 

慣れないバーで出されたホット・バタード・ラムをひと口飲んだ時のフワーッと体温が上がる感覚が鮮やかで、ああお酒だ、と思いました。

憧れと魔法が含まれている、特別な飲み物。

本当はお酒はいつもそういう存在であって欲しい。

お菓子づくりのためのラム酒を小瓶からホットミルクに垂らすとおまじないの気持ちになります。

 

✴︎

 

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迷子の森

2021 / 315×410mm

 

背景を塗ってから人物を描くまでにとても時間のかかった絵。

いつもどこかで迷子になりたいと思っているのかもしれない。

そしてそれは、自分の部屋にいながら帰りたいと思うのと限りなく同じ意味のこと。

ただいまと言える場所のひとつになるような絵が描けたらいいなあと、そんなことをぼんやり考えていました。

 

ザラメの砂漠3(3)

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月の夜に

2020 / 210×150mm

 

好きな女の子とのデートの日、お土産に連れて帰ったフェーヴがモデルです。

小さなものたちがひしめき合う3階建てのアンティークショップの中でも、特に小さな彼らが集められたその一角にずいぶん長い時間いた気がします。

絵の具もペンも色鉛筆も点を重ねるのが好きで、感情の解像度というか、細かく描き込んでいる間ひと粒ひと粒触って確かめながら潜っていくという感覚があります。

 

✴︎

 

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青い実の耳飾り

2020 / 210×150mm

 

贈り物の大切なカップを割ってしまって、残したくて絵にしました。

セーターの模様に閉じ込めて、珈琲とチョコレートの色がよく似合う。

時々お菓子の缶に仕舞った欠片を取り出して眺めます。

切なくて、やっぱり、きれい。

 

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森を結ぶ

2020 / 300×300mm

 

親友の結婚のお祝いに。

誰よりもたくさんの物語とロマンチックを共有してきた女の子。

彼女の作る金色のカスミソウの装身具をモチーフに、リクエストの深いブルーと静かに星が瞬く夜の森。

新しい名前からもイメージを重ねていきました。

 

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Opal

2020 / 405×270mm

 

小川洋子の小説、「琥珀のまたたき」のワンシーンから。

閉じられた世界での夢のようなひと時があまりにも美しくて苦しくなります。

人気の無い住宅街を散歩中、立派なミモザの樹を見つけてしばらくぼうっと眺めていました。

花屋に並んだ顔とは違う生きた黄色がふわふわ揺れて、そこだけ光の色が違うみたいで、幻にぶつかったような気がしました。

 

✴︎

 

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mimosa

2020 / 210×150mm

 

瓶に挿したミモザの枝を机に置いて、絵の具を並べていきました。

黄色はあまり馴染みのない色で、天使の顔もいつもと少し雰囲気が違うけど、この絵はとても自分らしいと思います。

普段自分で花を買うことは少ないのですが、この後始まった長い巣篭もりの時間、自分以外の生き物の気配が部屋にあることと彼らの日毎の変化に救われました。