泡立つ夜半

芹沢きりこ

祈りの習慣

初めての駅で昼食を取るために近くの喫茶店へ入った。

テーブル席がひとつとカウンターだけの、年季が入った小さな店だ。

カウンターの端には常連の老婦人がふたりいて、女主人とも知り合いらしい。

2席間を空けた反対の端に通されてオーダーを済ませるとうとうとしてくる。

 

「ちょっとやめてよ、そんなこと!」

横目で見ると、ひとりが細い指でシフォンケーキを千切っている。

「あら、ふふ、お父さんが病気した時にいつもこうしてあげていたから癖になっちゃって。」

にこにこと小さなかけらをつまみ、口に運びながら言う。

「そんな小鳥みたいな食べ方すごく変よ。」

あからさまに眉をしかめられるが、本人は目を細め、愛おしそうに続ける。

「何でも一口大にしてあげてね、すごくゆっくり食べて、でもそれも難しくなって、最後は全部スープにして...。」

会話から旦那さんが亡くなったことはすぐに分かった。

「だからね、今でもついつい、こうやってしまうのよ。」

それは本当に長い時間をかけて体に染み付いた習慣なのかもしれないし、日常のなかでもういない人を思い出すささやかな儀式なのかもしれない。

「ああおいしかった!ごちそうさま。」

 

彼女が先に店を出たあと、カウンターの中と外から溜息とくすくす笑いが漏れた。

「あの人、いつもああなのよ。いい加減やめなよって言ってるんだけど。」

「やあねえ、みっともないったら。」

運ばれた料理を食べながら祈りについて考えていた。

珈琲は頼まずに会計をする。